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RO.S.S 『Dark Cage』 エピローグ
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2006/12/11(Mon)
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さて、いよいよ長く連載してきたRO.S.S『Dark Cage』も最終話となりました。
今回はアフターストーリーのような感じになっております。本編を読み終えた方は是非ごらんになってください。 本編をまだ読んでない方はこちらからどうぞ。 ![]() RO.S.S『Dark Cage』 エピローグ:手紙
その日から、あの悪い夢は一度も見なくなった…。
神の存在を信じるかどうかはともかく、彼女は少なくとも奇跡の存在は信じるようになった。 「ハルエラ様、終わりました」 隣の部屋からが女性が一人出てきて、ハルエラにそう告げた。窓の外を眺めていたハルエラはその言葉に振り向いた。 「まぁ、それじゃあ、見せてちょうだい」 彼女がそういうと、女性は軽く頷き、一度閉めた部屋のドアをもう一度開ける。ドアを開けた先には、ドレス姿のリエルが立っていた。 「あらまぁ…とっても似合ってるわよ、リエル」 ハルエラは穏やかな表情でリエルに歩み寄る。リエルは少し恥ずかしそうだった。 「ホ、ホントですか?」 「ええ、サイズもぴったりだし、その色はあなたに似合ってるわ」 リエルが着ているのはウエディングドレスだった。しかもわざわざハルエラが職人にオーダーメイドで特注したものだ。薄く青みがかった生地に、胸の部分には花飾りがついている。 「お相手の方、とっても優しい方なんですってね」 「はい」 リエルは5日後、式を挙げることになっていた。その式の準備も、ハルエラ自らがコーディネイトしていた。 「あなたのこんなにかわいらしい姿が見れて、私も幸せですよ」 「ハルエラ様…ありがとうございます」 リエルも笑顔を見せる。 と、その時部屋の外から大きな声が聞こえてきた。 「ハルエラ様、ハルエラ様ー!!」 はっとして、ハルエラがドアのほうに目をやる。飛び込んできたのは… 「…ケイン」 手紙を抱えたケインだった。ハルエラはしばらくボーっとしていた。 「ハルエラ様…?」 リエルもケインも不思議そうに彼女を見つめた。その視線を感じて、彼女は我に返った。 「ごめんなさい…今のあなたの姿が、あの時のあの子に似ていたものだから…」 リエルは思い出した。確かあの時も、あいつが同じようにハルエラ様の名前を呼びながら… 「それで、今日はどうしたの?手紙を持ってきてくれたのかしら?」 「え、ええ、そうなんですけどね。そのあいつから、手紙が来てますよ!!」 ハルエラが再び笑顔になった。。 「まぁ、それじゃあ、早速読ませてちょうだい」 ハルエラはケインから一通の手紙を受け取った。そして手紙の封を切る。 封筒の裏には、ちゃんと『Dio=Calnus』の名前も添えてあった。 「何が書いてあるんです、ハルエラ様」 「まぁまぁ、急かさないでちょうだい。今読んであげますから」 リエルもケインも興味津々な様子だった。それもそのはず、彼から連絡があったのはあれから半年ぶりなのだ。もっとも、城に戻ったマリーから大体のいきさつは聞いたのだが。 ハルエラは封筒の中から便箋を取り出すと、それをもって自分の机に座った。そして、引き出しから眼鏡を取り出し、それをかけてから文面に目を通した。 『親愛なるハルエラ様、そして城の皆様へ』 最初の一行にはこう書いてあった。字が波うっていたり途中途切れている部分もあり、幼児が書いたような文章に見える。ましてやありきたりな文句だが、今の彼女らにとってこれほど嬉しい言葉はない。 それからハルエラは続きを読み始めた。 ハルエラ様、そして城の皆様、元気でお過ごしでしょうか。俺と彼女は元気にやっています。まだうまく右腕が使えないのでこんな見難い字になってしまいましたが、お許しください。 あの事件以来、アルデバランにあるラルフ先生の診療所で右腕のリハビリを続けています。あの時の戦いで、俺の右腕は神経がかなり傷ついたらしく、今もまだ自由がききません。でも、先生は信じてリハビリを続ければ必ず治るといってくれました。俺もそう思います。信じることの大切さは、ハルエラ様、あなたから教わったことですから。 剣の修行も続けています。もう一人前の聖騎士…って言いたいところだけど、まだまだ未熟なままみたいです。あの時、昔ハルエラ様に教えていただいたあのスキルが使えたのも偶然だったみたいで。あ、だからって修行さぼってるわけじゃないですよ。 彼女はハルエラ様と同じ、神に仕える修道女の道を選びました。いつかハルエラ様のような立派な修道女になりたいと、彼女自身も言っていました。俺も彼女にはそうなって欲しいです。 「相変わらずですね、あいつ」 リエルが苦笑している。ケインも同様に。 ハルエラも小さく笑い声をたてながら、続きを読んだ。 俺は今回の件で改めて色々なことに気づかされました。上に書いたように信じることの大切さや、それ以外にもたくさんのことを。 そして今でも忘れられません。アルデバランに戻った日、先生と一緒に暮らしているクレアって女の子が言った言葉が。 その日3人がアルデバランに帰りついたのは陽も沈んだ後だった。あまり時間がたったようには思えなかったのだが、時間が過ぎるのは早かった。 診療所のドアを叩くと、出迎えたのはクレアだった。 「皆さん!!ご無事だったんですね!!」 「ああ、先生は?」 部屋の中を見渡すが、ラルフの姿はない。なぜかクレアの顔がにやけていた。 「そのうち出てきますよ…ほら」 クレアの目線がキッチンのほうへと向いた。向こうから現れたのはエプロン姿のラルフだった。 「クレア、ちゃんと火の番してろって…」 「…」 懐疑のまなざしが一同から一斉にラルフに向けられる。 「…ってぇ、お前さんたちもう戻ってきたのかぁ!?」 「あのエプロン…女物よね…」 「先生の趣味があんなんだったとはな…」 ディオとマリーが小声で囁きあう。それを見てラルフが慌てて説明した。 「あのなぁ、これはクレアがいつも使ってるやつだ。今日はお前さんたちのために特製スープ作ってたから使ってただけだ」 「へぇ…」 いまだ怪しむような目つきでラルフを見つめる二人だが、彼はそれを無視して本題に戻った。 「…で、後ろにその子がいるってことは、どうやらうまくいったみたいだな」 「え、ああ、はい」 その時、マリーの足元がふらつく。クレアがすかさず支えに出た。 「ごめんなさい」 「ひどい傷ですね…すぐ治療しないと!!」 「よし、スープの前に手当てするか。クレア、お前はそっちを見てくれ。俺はこいつを見る」 「はい」 そういって、クレアはマリーを連れて別の部屋へと移動していった。ラルフはとりあえずディオを椅子に座らせ、右腕を見せるように言った。 「こいつは…ひどい」 ディオの右腕は血で真っ赤に染まった包帯で巻かれていた。所々火傷も見られる。向こうで止血などの応急治療は施したが、それで治るような傷ではなかった。 「よく無事だったな」 「無我夢中でしたから…」 「とにかく、すぐに治療する。スープは冷めちまうが、んなこと言ってる場合じゃないな。キリカ、お前さんも手伝ってくれ」 「は、はいッ!!」 そういうと、ラルフはエプロンを外し、白衣を着けた。 その日の深夜、ディオ達はかなり遅めの夕食をとった。 あの後、ラルフの薬やクレアの治療のおかげでマリーの傷については治療に成功した。だが、ディオの右腕はそううまくはいかなかった。外傷は薬や魔術で治せても、切れた神経までは元には戻らない。これを直すためには、時間とリハビリが必要だった。 ディオもそれを覚悟していた。本来、あの時避けようと思えば避けられた攻撃をあえて受けたためについた傷だ。それは同時にこうなることを受け入れる覚悟を持った彼の決断でもあった。 だから、彼はその話題は特に触れようとはしなかった。他のメンバーもそんな彼の気持ちを察してか、夕食中はたわいもない話で盛り上がる。 途中、不意にラルフがディオ達に尋ねた。 「そういや、お前さんたち、これからどうするんだ?」 ラルフ特製のスープを堪能していたディオが、スプーンを置いた。 彼が口を開く前に、先にマリーが答える。 「私は城に戻るわ。今回のこと、正式に国王に報告しなきゃいけないし。ああ、でも心配しないで、あなたのことはうまくごまかしておくわ」 マリーはキリカに向かってウインクしてみせた。本来なら彼女が犯した罪は重いが、スカディの存在、そして刻印やプロジェクトD.C.のことがある。軍とてこれらの実情を明るみに出すことは得にはならない。うまく話せば最悪でも特赦は得られるだろう。 「ディオ達は?」 「…そうだな」 ディオは少しの間考えていた。だがやがてキリカの顔を見て、何か決心したように軽く頷いた。 「とりあえずこの腕直さないといけないしな。しばらくは先生のお世話になることにするよ。先生にはもうそのことは話してあるし」 「そう…ね。でも、その後はどうするの?城にはやっぱり戻らない?」 ディオは首を横に振った。 「いや、いつか必ず戻るよ。でも、その前に俺、色々と考えたり、いろんなとこ旅したりしてみたいんだ」 「…」 マリーやラルフたちは黙って聞いていた。 「きっと世界中には…俺達みたいに親に捨てられたり、それ以外にもひどい目に逢ってる子供達がいる。そういう現状をしっかりと目に焼き付けたい。そしてできる限り助けてやりたいんだ」 「助ける…」 「ああ、ハルエラ様が俺に信じることの大切さを教えてくれたように、俺もその子達に教えてやりたい」 ディオは飛びっきりの笑顔を見せた。マリーは少し安心した。 「お前さんはどうなんだ?」 ラルフがキリカに振った。キリカはなぜか少し浮かなそうな顔をしている。 「何か悩んでるの?」 「…わからないんです、これからどうしたらいいのか」 「…」 短い沈黙が流れる。 「私はつい先日まで、6年前以前の記憶をなくしていました。今はおかげさまですべて思い出せましたけど、でもやっぱり自分が何者なのか、どうしたらいいのか、迷うんです」 「お前さんはお前さんじゃないか、キリカ」 「キリカ…というのも、本当の名前じゃないんです」 ラルフはハッとした。そうだった。彼女のキリカという名前は育て親が彼女につけた名前だ。 「私の本当の名前、生みの親がつけてくれた名前はシンシア…シンシア=ハーティリー」 「そう…だったのか」 複雑な気持ちだった。ラルフもマリーも何もいえなかった。 「わからないんです。これから私はシンシアとして生きていけばいいのか、それともキリカとして生きていけばいいのか…」 部屋が静まりかえったその時、彼女が口を開いた。 「キリカさんはキリカさんですよ」 クレアの声。一同がはっとして彼女に目をやった。キリカは彼女の言葉にキョトンとしていた。 「え?」 「センセーからよく聞かされました。最終的に決めるのは自分だって。あなた自身は、どっちの自分がいいんですか?」 「私は…」 クレアがいつになく真剣な表情で彼女にまなざしを送る。 「私も、両親にひどい虐待を受けました。そして山に捨てられて倒れていたところをセンセーに助けてもらいました」 「クレア…」 「見ず知らずの私を助けてくれたセンセーにはとても感謝しています。だから今ここで働いています。でも、私がクレア=『ウォルター』の名前を名乗るのは、自分でそう決めたからです」 「クレアさん…」 戸惑うキリカに、横からディオが穏やかな表情で言った。 「そういうこと、さ。名前をつけるのは他人だが、どう名乗ろうとそれは本人の意志次第だ。それに、キリカはもうそんなに弱い人間じゃないはずだぜ?」 「どうして…ですか?」 「スカディがキリカの体から消滅したのは、君が自身の力で目覚めたからだ。あんな悪魔の誘惑や圧力に負けなかったんだ。君は十分強いよ」 「でもあれはディオさんが…」 「俺はその手助けをしただけさ。紛れもなく、あれは君自身の力だ。だから、君が名乗りたいように名乗ればいい。もっとも…」 ディオは再び笑ってみせた。 「俺は君のこと、これからもキリカって呼ぶけどな。それが俺の知ってる君だから」 「ディオ…」 マリーもラルフも笑った。そしてクレアも。 キリカは、自分の中にあったもやもやが一気に晴れた気分だった。 「なんだか、城にいた頃よりも随分たくましくなったみたいね」 ハルエラは嬉しそうだった。彼が城を出て行ってからその安否を気遣わない日はなかったが、彼が一回り成長したことがわかってホッとした。 「それで、手紙にはまだ続きがあるんですか?」 リエルが覗き込むと、ハルエラは頷いた。 「ええ。続きを読むわね」 ハルエラは手紙を再び読み始めた。 彼女も俺も、ようやく自分自身の存在を確かめられたんだと思います。でも、俺思うんです。確かに最後に決めるのは自分だけど、それができるのはきっと回りにたくさんの人々がいるからだろうって。そういう意味で、俺は幸せ者だと思います。 それと、彼女はこうも言っていました。俺達が倒したあの悪魔、破壊の女神の名を持つスカディは、もう一人の自分だったのかもしれない、と。心無い人間に利用されたという意味では、彼女もある意味被害者なのかもしれないと、最近はそう思うようになりました。彼女も毎日祈りを捧げています。もしあいつに信頼できる仲間がいれば、もしかしたらあいつを殺さなくてもいい方法が見つかったかもしれません。今更悔やんでも仕方ないのですが。 何はともあれ、俺や彼女の罪も許されたとマリ姉からの手紙で知って、こちらも安心しています。 「破壊の女神も…被害者、か」 ケインが神妙な面持ちでつぶやいた。 「普段私たち人間とモンスターは互いに敵対する関係にあるけれど、あいつはそこにも疑問を持ったのね」 「そうね。あの子はとても優しい子だから…」 「ところで、手紙はそれで終わりですか?」 リエルが尋ねると、ハルエラは首を横に振った。 「いいえ、まだ続きがあるわ。最後に、あなたのことが書かれてるわよ」 「私の…?」 「読むわね」 そうそう、そういえばマリ姉からの手紙を見て驚きました。リエルが結婚するそうですね。あいつとは俺が城に来た頃から兄妹同然で育ってきた仲なので、俺としても嬉しい限りです。あいつのことだから、旦那になる人は尻にしかれそうだけど(笑) 先生に相談した結果、リエルの式に出席することを許可してもらいました。まだリハビリは続けないといけないのですが、式の前後だけでも一度プロンテラに戻ろうと思います。もちろん、彼女と共に。 まだ言うのは早いかもしれないけど、リエルに伝えてください。「おめでとう」と。 式の二、三日前にはそちらに到着する予定です。ハルエラ様や城の皆様と会えることを楽しみにしています。それでは、また。 Dio=Culnus 「あのバカ…」 ハルエラが手紙を読み終えたとき、リエルは涙ぐんでいた。そんな彼女をハルエラは優しく抱き寄せた。 「あなたのお兄さんは本当に優しいわね」 「…はい」 リエルは泣きながら、それでも無理やりに笑顔を作った。 明日か明後日には半年振りに彼に会うことができる。ハルエラも、リエルも、あるいは他の城の者達も彼の到着を待ちわびるに違いない。 窓の外で教会の鐘の音が澄みきった首都の空に響いた。リエルの新たな門出を、そしてあの二人の帰還を祝福するかのごとく…。 RO.S.S 『Dark Cage』 完 ![]() FC2ブログランキング参加中!後日あとがきは書きますが、感想などございましたらコメントしていただけると嬉しいです。 |
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RO.S.S 『Dark Cage』 第12話
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2006/12/03(Sun)
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さて、RO.S.Sの最新話ですよ!
残すところあと2話となったRO.S.Sですが、どうぞ最後までお楽しみください。 これまでの話を読んでいない方はこちらからどうぞ。 ![]() RO.S.S 『Dark Cage』 第12話:神意の行方
「…」
その時、少年はボロボロになった体を地面に横たえたまま、空を見上げた。神は誰も助けてはくれない。むしろ神は自分の将来を遮る存在だと思っていた。 この救われない運命も、そんな神に課せられたものだから…。 「ぐっ…!!」 服の肩の部分が切り裂かれ、マリーの肌が露出する。深くはないが、傷口から血がにじみ出ていた。幾多のアンデット達を何とかなぎ倒していたが、まだあと1体だけ残っていた。彼女が最も倒したくない相手、かつて、いや今でも彼女の上官であり、絶大な信頼を置いていた男、ヴェルナー。 他のアンデット達と比べても、やはりヴェルナーは遥かに強かった。アンデットと化してもその実力は全く衰えていない。 (ヴェルナー隊長…!!) アンデットになったとはいえ、ヴェルナーと戦うことはあまり彼女にとっても望ましいことではなかった。多少強引な面はあったが、ヴェルナーは彼女から見ればとても頼もしく、信頼のおける男であった。 一度は迷いを振り切った彼女であったが、再びその迷いが現れ始める。だが、ヴェルナーは待ってはくれない。大剣を振りかざし、彼女に襲い掛かる。 「!!」 間一髪、彼女は地面を転がり、彼の攻撃をかわした。 だが、その衝撃で全身に痛みが走る。 「あくっ…!!」 致命傷にはなってはいないが、彼女の全身にはアンデット達と戦う中で無数の切り傷がついていた。彼女が痛みにもだえている中、ヴェルナーが剣を構えて近づいてくる。 (私は…) 幼い頃の記憶が蘇る。騎士団の中でも名家出身の彼女は、ずっと騎士団の命令に背くことはなく、私情を持ち込むこともなく任務を遂行してきた。 だがキリカ、いやシンシアといったほうがいいかもしれないが、彼女との出会い、そしてこれまでの一連の過程の中で、マリーの中には初めて命令に従うことに迷いが生じた。彼女が脱獄するまでは自分には関わりのないことだと思っていたが、ディオが彼女を連れ出してからはずっと迷い続けていた。 それが先日、ヴェルナーや仲間の兵士達があの悪魔によって殺され、今こうしてそのかつての仲間達と戦っているという状況を通して、克服せねばならぬ壁となっていたのだ。 彼女の中に、ラルフの言った言葉が呼び起こされる。 『最後に決めんのは…自分自身だ』 マリーは気力を振り絞って立ち上がり、彼からもらったポーションをとりだし、蓋をあけて一気に飲み干した。そしてヴェルナーにしっかりと目線を合わせる。 「ヴェルナー隊長…あなたのことは今でも尊敬しています。でも、どうかお許しください」 そういうと、マリーは剣を構えた。ヴェルナーも同様に。 次の瞬間、二人の体が交差した。鈍い音が通路に響いた。 「…」 一瞬の静寂が流れる。そして、直後にヴェルナーの体が地面に倒れた。 マリーが倒れたヴェルナーを振り返る。 「私も、あの子達を信じます」 マリーの体がふらついた。何とか気力を振り絞り、彼女は壁にもたれかかる。そしてそのままストンと尻餅をついた。 もうアンデットは残っていなかった。彼女は息荒く剣を鞘に収める。そして両目を閉じてふぅっとため息をついた。 ポーションを手に取り、ディオはスカディをキッと睨み返す。 「今更何を取り出したのかと思えば…そんな薬程度でこのアタシが倒せるとでも思っているのかしら」 スカディの口調が一層冷酷なものになった。 だが、ディオはそんな彼女の言葉にも動じない。彼はゆっくりと蓋を開けた。 そしてそれを口に運ぶ前に、冷静さを保ったまま静かに言った。 「俺が信じてるのは、何も彼女だけじゃない」 「何ですって…?」 「俺は…俺を信じてくれてる人たち全員を信じる。この薬は、俺が信頼してるラルフ先生が作ってくれたものだ」 それだけいうと、彼は薬を飲み干した。 これまでの戦いで消耗した彼の体の中にかつてないほどの活力があふれ出す。 「こいつはあまり長くはもたないんだ」 「だから何よ。短時間で勝負をつけるつもりかしら?」 「当たりだ」 その瞬間、ディオの姿が消えた…ように見えた。実際は彼は全速力で移動して、彼女の側面を取っていた。 (速い…!!) ディオは剣を構え、スカディの懐に飛び込んだ。スカディは伸ばした爪でそれを払いのける。彼の突然の能力の上昇に驚いたが、彼女はまだ余裕を見せていた。 (どの道、あの子はこの体を傷つけることはできない。それに、この程度の動きなら目で追える) 今度は反対側にディオの姿を捉える。スカディは腕をかざし、悪霊達を呼び寄せた。 ディオもそれに気づき、すぐさま移動する。 そして、ディオが彼女の背後をとった。 だが、スカディもそれを予測していた。 「そんなに短時間で終わらせたいなら、これで終わりにしてあげるわ!!」 スカディの腕が彼にむけてかざされた。無数の悪霊達がディオめがけて襲いかかる。 (こいつを凌げるかどうかが…勝負の分かれ目だ!!) ディオは剣を天に向けて突き出した。 「グランドクロス!!」 再び十字型の光が彼を包み込む。悪霊達はやはりその光にかき消された。 だが、その刹那、光の外側から激しい熱気が伝わってきた。 「!?」 「悪霊を操るだけがアタシの能力じゃないのよ!!」 スカディはいつの間にか詠唱を終わらせていた。十字の光が消えたとき、彼に向けて更なる追撃が行なわれた。 「ファイヤーボール!!」 彼女の腕から大きな火球が彼めがけて放たれる。グランドクロスをうったばかりの彼はその火球をよけるだけの余裕はなかった。 「焼かれて死ぬがいいわ!!」 スカディの声と共に、彼の体が炎に包まれ、激しい爆発が起きる。 物凄い音が部屋を包み、しばらく反響する。そしてそれがようやく収まると、跡には黒い煙が立ち込めていた。 「ク…ククク…アハハハハ!!! 人間ごときがアタシに敵うはずがないのよ!! アハハハハハ!!!」 爆発音の変わりに今度は彼女の笑い声がこだまする。 だが…。 「…神より生まれし光の烙印、邪なる者から彼の者を護れ」 彼の声が聞こえた刹那、彼女の笑い声がとまった。彼女の中に動揺が走る。 「なっ…」 煙の中に彼の姿を捉える。彼の体には火傷ひとつついてはいなかった。 「馬鹿な!? あの炎をどうやって…」 ディオは詠唱を終えた。そして困惑を隠しきれず動けないままでいるスカディを、驚くほど澄んだ瞳で見据えた。 「言ったろ?俺が信じてるのは彼女だけじゃないって」 そういって、ディオは彼女に一枚の紙切れを見せる。 それは城を出るときにハルエラが渡してくれた袋の中に入っていたものだった。 「護符…まさか魔法障壁!?」 「ご名答」 ディオは剣を天高く振り上げる。彼の剣がまばゆい光を放ち始める。 「な、何を…」 「俺達の運命が神のいたずらによって定められたものなら…最後までそれにつきあってやるよ!!」 彼は剣を握る手に力を精一杯こめた。 「なっ…あれは…!?」 ひと時の休息をとり、奥へとたどり着いたマリーが見たものはあふれんばかりの聖なる光に包まれた剣をディオが振りかざしている姿であった。 「あれはたしか…もう使える人がほとんどいないはずの聖騎士の最上級スキル…っ!!」 マリーの予想は当たっていた。ディオは力をこめた腕を思いっきり振り下ろし、地面に剣を突き刺す。 「プロヴィデンスッ!!」 突き刺された剣から真っ白な光がいくつもの筋になって地面を駆け巡る。そしてその光はすべて、スカディの下へ収束した。 「ぐっ…あああああああああ!!!」 光が彼女を取り巻いた瞬間、彼女が苦しみだした。 「あの悪魔が…苦しんでる…!?」 マリーは目の前で起きている出来事の理解に困難を極めた。あれだけ圧倒的な力を持った破壊の女神スカディを、ただの人間のはずのディオが追い詰めている。 「そうか…プロヴィデンスであの子の体に悪魔耐性をつけたのね!!」 だが、マリーにはわかっていた。それだけではあの悪魔は倒せないことが。 なにせ自分の仲間たちをものの一撃で壊滅させたような悪魔だ。いくら強力なスキルとはいえ、これだけであの悪魔を封じ込めるとは思えなかった。 それはディオも承知の上だった。だが、ディオはスキルをとめようとはしない。自分の全身全霊の力をこめてこのスキルを発動し続ける。 (奴の体の中に『あの子』が眠っている以上、攻撃はできない。体を傷つけずに奴を倒すには…『あの子』が自分自身の力で目覚めるしかないッ…!!) その可能性がどれほどなのかは彼にもわからなかった。だが彼自身の体力も長くは持たない今、それしか方法が思いつかなかった。『神意』を意味するプロヴィデンスに自分の命を賭けたのだ。そしてそれ以上に、彼女が自分で目覚めることを願って…。 だが、苦しみながらもスカディは腕を振りかざす。 「まさかあなたみたいな人間がこんなスキルを使えるなんてね…さすがに少し効いてるけど、でも耐えられない攻撃じゃないわ」 彼女の腕を悪霊が無数に取り巻く。 「残念だったわね。今度こそ死になさい!!」 彼女の合図とともに悪霊が彼めがけて襲い掛かる。 「危ないっ!!」 咄嗟にマリーは剣を構えて彼とスカディの間に割って入った。そして悪霊達を剣で切り払っていく。 だが、これだけの数を今の彼女一人でさばききるのには無理があった。大方は切り払うことに成功したが、一体だけ通過を許してしまった。 「しまった…!! ディオ、逃げてっ!!」 マリーが叫ぶ。だが、ディオは動こうとはしなかった。地面に突き刺した剣を握ったまま、スキルを持続させている。 「ディオっ!!」 「もう遅いわ!!」 スカディの声が響いた瞬間、ディオの腕めがけて悪霊が襲いかかる。 ディオの腕が一瞬で深紅に染まった。炎に包まれたような感覚が彼の腕を襲い、皮膚が焼けただれる。彼の表情が苦痛に満ちたものに変わる。 悪霊がようやく消えた頃には、彼の右腕はボロボロになっていた。それをみて、スカディは嬉しそうに笑う。 「ウフフ、それでもう右腕は役に立たないわね」 「ディオ…」 マリーは呆然とした。逃げるチャンスはあったはずだ。なのになぜ…。 だが、その疑問はすぐに消えた。 スカディを取り巻く光が一層輝きを増していく。彼女の顔から再び笑みが失せる。 「な…バカな……ぐ…ぐぁああ」 ディオはその手を離してはいなかった。ボロボロになり、神経もズタズタに切れたはずの腕で、まだ剣を支えていたのだ。 「何故放さない!? 下等で弱い生物であるはずの人間ごときが…どうしてこんな力を…!!」 スカディはある種のパニックに陥っていた。うろたえる彼女に、ディオが静かに口を開く。 「弱いからだよ」 「何…ですって…」 「テメエの言うとおり、人間は弱い。少なくとも俺の力なんざ、テメエの足元にもおよばねえ。だから、弱い人間が何か大きなことをやるには…全力を出すしかないんだ!!」 ディオの顔にも苦痛がにじみ出ている。だが、ディオははっきりとした声でそう断言した。 「ならどうして愚かな人間などのためにその力を使うの!? あなたも裏切られてきたんでしょう、人間にっ…!!」 「…うるせえよ」 彼は顔を上げた。驚くほど澄んだ瞳でスカディを睨み、そして大声で叫ぶように彼女に言い放つ。 「仕方ねえだろ!! 諦められねぇんだよ、あの子のこと…!!あの子を裏切っちまったこと、諦めきれねぇんだ!!」 光がさらに増した。スカディの苦しみも段々と大きくなる。 「だから…もう逃げねえ。俺は…あいつが目ぇ覚ますまで絶対に!!」 「ぐっ…なら…なら今度は、その頭を吹き飛ばすまでよ!!」 彼女が必死に腕をかざし、そして悪霊達を呼び出した。 「死ねぇっ!! ディオ=カルナス!!」 今までの比にならないほどの邪気を帯びた悪霊が彼めがけて飛んでいく。 「ディオッ!!」 マリーは再び彼を庇おうとするが、足が言うことをきいてくれない。彼女自身ももはや体力は限界にきていた。 悪霊達がどんどん彼に迫りよる。 だが彼はそんな悪霊達には目もくれない。しっかりと剣を握ったまま、残った気力を振り絞ってその名前を館中に聞こえるほど大きな声で叫んだ。 「キリカァァァァァァァァァァァァァッ!!!」 他のすべての音が消え、彼の声だけが大きくこだましたように感じられた。 刹那、スカディの様子に変化が現れた。 「な…馬鹿なっ、なぜおまえが…」 ディオに向けた言葉ではなかった。膝をつき、頭を抱え、今までの苦しみ方とはまた違った状況に陥っていた。 「何…?何が起きたの!?」 破壊の女神の様子の異変を目の当たりにしたマリーはやはり状況がはっきりとはつかめなかった。だが、とにかく今は彼女から目を離さずにこの結末を見守ろうと、そう心に決めていた。 段々と狂乱じみてくる彼女の様子と声は、ついに頂点に達した。 「やめて…出てくるなっ…ぐぁ…アアアアアアアアアアアアァァァッ!!」 悲鳴がその場を包み込む。 ディオの目と鼻の先にまで迫っていた悪霊達はその叫び声がおさまると共に消えていった。なま温かい風だけが彼の体に吹き付ける。 その風がやんだときには、彼女は地面に倒れ伏していた。 「キリカっ!!」 ようやく剣から手を離したディオは、突き刺した剣をそのままにしてまっすぐ倒れた彼女の元へ駆け寄った。彼女からは既に邪気は消えていた。 彼女を抱き起こし、軽く体をゆすりながら必死に呼びかける。 「キリカ!!キリカ、目ぇ覚ませ、キリカ!!」 ひと時の沈黙。そして… 彼女は目を開けた。そしてうっすらと笑みを見せた。 「ディオさん…」 「キリカ…なんだな?」 「…はい」 その言葉を聞いた瞬間、彼の体から力が抜けていくのがわかった。倒れこみそうになるのをあわせてキリカが支える。 「ディオさん!?大丈夫ですか?」 「わりぃ…安心したら、なんだか気が抜けちまったよ」 彼女に肩を貸してもらいながら、彼は立ち上がった。そして、そのまま彼女と正面に向き合う。 「キリカ…すまなかった」 「え…?」 「もう記憶は戻ったんだろ?」 彼女が頷くのを確認してから、彼は言葉を続ける。 「俺は…8年前のあの馬車の中で君と会ってた。そしてあの夜、俺は一人馬車から逃げ出した。君が覚えてるかどうかはわからないけど…でも、俺は…君や他の連中のことを何も考えずに、一人で逃げたんだ。君や他の連中が実験体として辛い日々を過ごしてたのに、俺は…っ!!」 「それは違います」 きっぱりとした口調。ディオは一度はそらした目線を再び彼女に向けた。 「…あなたは逃げてなんかいません。逃げてたのは私達のほうです」 「でも…俺は…」 「あの馬車の中で、私も、おそらく他の方々も、みんな生きることを諦めていました。たとえこの先、命が続いても、ろくでもないような生活が待ってるに違いない、そう思っていたんです。変えることのできない運命だと思ってたから…」 彼女はディオの手を握った。小さい手だが、とても温かみのある手だった。 「でも、あなただけは違った。あなたは生きることを諦めてなかった。だからあなたはあの馬車を飛び出したんでしょう?それは逃げたとはいえません。それに…」 キリカは再び笑みを見せた。 「今、あなたはこうして私を助けてくれました」 「キリカ…」 「あの方に体を奪われた後、ずっと暗闇の中をさまよっていました。何も見えないし、何も聞こえない暗闇の中を」 その状況はディオが瀕死に陥っていた間のときに感じたものに似ていた。 「でも、声が聞こえたんです。私の名前を呼ぶあなたの声が」 「…」 「私、嬉しかった。城を抜け出したときから、ずっとあなたが私のそばにいてくれたことが。自分の体の異変に気づいたときから、怖くて仕方なかったんです。自分は誰からも愛されないんじゃないかって。でも、あなたは最後まで私を信じてくれた」 彼女の目に涙があふれていた。そして今度は腕を彼の首の後ろに回し、彼に飛びつくように抱きついた。 「だから、だから…ありがとう、ディオさん」 「キリカ…!!」 彼も彼女のことを抱きしめる。恥ずかしいという気持ちはなかった。8年間、いや、生まれたときからずっと背負ってきた重荷から一気に解放された、そんな気分だった。 と、彼らの背後で声がした。 「せっかくいいムードのところ悪いんだけど、こっちにも手貸してくれないかなぁ…」 二人は慌てて離れて振り返ると、マリーがクスクスと笑っていた。笑う元気はあるが、彼女もかなりへばっていた。命を賭けた戦いを終えて、緊張の糸が切れたのか、座り込んだまま二人の方を見ていた。 「わ、悪ぃ、マリ姉」 すぐさまディオが駆け寄り、マリーに手を差し出す。その手をつかんで起き上がるとき、マリーはディオに言った。 「やったわね、ディオ」 「ああ。マリ姉のおかげさ」 二人は笑いあい、そしてやはりお互いを抱きしめあった。生きていられることの喜び、それを今ほど感じたことはこの3人にとってこれまでなかっただろう。 しばらくしてマリーはディオの体からはなれ、わざと声調を上げた。 「さぁ、帰りましょう、アルデバランに。ドクター達が待ってるわ」 「あぁ」 ディオも、そしてキリカも頷き、部屋を出て帰路に着く。 他の二人が部屋を出た後、最後にキリカが続いたが、部屋を出る直前に振り返り、そして小さく祈りをささげた。 「願わくば、あの方にも冥福を…」 (エピローグへ続く) ![]() FC2ブログランキング参加中!!次回はいよいよエピローグ。決着をつけた3人やその他の人々のその後の話です。 |
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RO.S.S 『Dark Cage』 第11話
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2006/11/26(Sun)
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さて、現在連載中のRO.S.Sの最新話です。
長かった連載も残すところあと3回となりました。果たして主人公達の運命やいかに!? これまでの話を読んでない方はこちらからどうぞ。 ![]() RO.S.S 『Dark Cage』第11話 信じる者のために
彼女の家はプロンテラ騎士団、いやミッドガルド国においても名家中の名家だった。
幼い頃から両親に剣技を鍛えられ、彼女自身も騎士の道に進むことに疑問を持ったことは一度もなかった。自分が騎士であることに誇りを持っていたし、国のために命をかけてためらうことに何らの躊躇もなかった。 だが一方で、その時の彼女は自身の意志というものを極力押し殺していた。命令は絶対、任務に私的な感情は一切許されない。それでも彼女自身、それで何の不都合もないと思っていた。 しかし、今は… 次の日の朝、ディオは支度を整えて診療所の玄関のドアを開ける。 ドアの向こうには、既にマリーが立っていた。 「マリ姉…」 「決めたの。私もいくわ」 一呼吸おいてから、マリーは言葉を繋いだ。 「軍の責任とか、そんなんじゃない。これは私自身の意志よ」 「そっか…」 マリーの顔にもはや迷いの色は見えなかった。彼女は彼女なりにこの一晩色々考え、そして結論を出したようだ。 ディオは彼女が共についてきてくれることに頼もしさを感じた。幼い頃から剣の師匠として共に鍛錬に励んできた彼女が一緒なら、自分も安心して精一杯戦える、そんな気さえした。 二人はお互いに再度頷き、そしてそれぞれの剣を抜いた。そしてそれを頭上に掲げ、刃先をあわせる。プロンテラ騎士団に伝わる、誓いの儀式だ。 「必ず二人、いや、『三人』共生きて戻ることを!!」 二人は声をそろえて誓った。そしてあの研究施設目指して歩き始めようとした。 と、その時後ろでまたドアが開く音がして、ラルフの慌てた声が聞こえる。 「お前さんたち、ちょっとまった」 「ドクター?」 二人が振り返ると、ラルフは何か小さな包み袋を持っていた。 「ほらよ」 その包み袋をディオに手渡す。 「中にはちょっとばかしのポーションと食糧が入ってる」 「いいんですか、こんなに…」 小さな袋だが、中には確かにポーションや非常食がぎっしりと入っていた。 「ああ。それと、これも持ってけ」 ラルフは白衣のポケットから何か取り出すと、それをディオ達に向かって放り投げた。 「っとと…」 落とさないように二人がつかみとり、手の中に納まったそれを見ると、小さなビンに入った何かの薬だった。 「これは?」 「俺が調合した特製のポーションだ。使えば短時間だが能力があがる。いざというときに使うといい」 「何から何までありがとうございます、ドクター」 ディオは礼を言ったが、ラルフはそれには答えず、そのまま背を向け、家の中に戻ろうとする。 だが、ドアを閉める前に、振り向かないままに二人に告げた。 「礼は戻ってきてからにしな。そんときゃまた特製スープ作って待っててやるから」 「はい」 「じゃ、な」 軽く手を振ると、ラルフはそのまま家の中に戻っていった。 「あれはあれで、私達のこと心配してくれてるのよ」 マリーにはわかっていた。もちろん、ディオにも。 二人は診療所に向かって一礼し、そして今度こそあの場所に向かって出発した。 二人が見えなくなるまで、ラルフは窓からそっと二人の後ろ姿を見ていた。そして完全に見えなくなると窓から離れ、キッチンのほうへ向かう。ちょうどクレアも朝の巡礼を終え、教会から戻ってきたところだった。 キッチンでエプロンをつけ始めたラルフに、クレアは少し驚いた。 「あれ、センセー。もう朝食は終わったのに、どうしたんですか?」 「クレアか。ちょうどいい、少し手伝ってくれ」 「手伝うって、何をです?」 「スープの下ごしらえだ。今日はいつもより『三人分』余計に作らないといけないんでな」 半日ほど歩けば、目的の施設は見えてくる。 今日は天気はいいが少し風が強い。森の中は前に来たときに比べると少しは明るかったが、それでも館が醸し出す不気味な雰囲気は拭われてはいなかった。むしろ、周りが明るくなった分だけ、その不気味さが増しているようにさえ見える。 二人は館の入り口に立つ。軽く息を吸い、そしてゆっくりと吐き出す。 「行こう」 ディオは古びたドアを開けた。 以前来た時と内装は変わっていない。だが、何となく漂う空気に異変を感じる。 「前に来たときより…邪気が増してるわね」 マリーも何か感じ取ったようだった。 「ああ。気をつけていこう、マリ姉」 「ええ」 二人はゆっくりと奥へ進んでいく。地上部にはやはり生き物の気配はなかった。しかし、それでも立ち込める邪気ははっきりと感じられた。 やがて地下へ通じる階段を下り始める。通路は暗く、時折何か嫌な匂いがした。血の匂いだ。 この時、二人の中に恐怖心がなかったわけではない。なにせ、前回来たときにはあのスカディという悪魔に嫌というほど実力の違いを見せ付けられたのだ。それを思い出すと今でも震えがとまらない。 だが、彼らの足も止まらなかった。お互い、自分の心の中に自分なりの決意を持った二人だ。たとえまたあの悪魔に相対することになろうと、いまさら逃げようなどという気持ちは微塵もなかった。 地下の通路に降り立った途端、血の匂いが強くなる。マリーは鼻を軽くふさいだ。 「嫌な匂いだわ」 「…」 ディオは口をつぐんだまま、奥へと進んだ。彼は感じていたのだ、彼女の気配を。マリーもそれはわかっている。だから彼の後についていく。 そしていよいよ、先日キリカが覚醒した実験室の手前までやってきた。 二人は壁にぴったりと背をくっつけ、少しずつ実験室の入り口のほうに近づいていく。 ディオは部屋の中を覗き込んだ。 「…!?」 部屋の中には誰もいなかった。驚いて、二人は実験室の中に入った。 「いない…?まさかもうここには…」 「そんなはずはないわ。あの悪魔はまだ完全には力を取り戻していない。その力を取り戻すまでは下手には動かないはずよ。それに…」 その先は言われなくてもディオにはわかった。この邪気は、間違いなく彼女がこの施設のどこかにいることを指し示していた。 「この施設のどこか別のところに移動したのよ、きっと。それを探さなきゃ…」 そう言って後ろを振り返ったとき、マリーは驚きの声をあげた。 「な…」 ディオも振り向くと、いつの間にか入り口をモンスター達が塞いでいた。 「馬鹿な!?今まで全く気配すらなかったのに…どこから現れたんだ!?」 「それよりも、あのモンスター達…まさか…」 モンスターといっても、その形は人間に近かった。しかも彼らの顔は死んだはずの兵士達の顔そのものであったのである。 「ネクロマンシー…」 「え?」 「死人をアンデットに変えて意のままに操る禁断の魔術のことよ。こいつらみんな、アンデットにされて蘇ったんだわ」 「じゃあまさか…」 と、その時アンデット達の後ろからあの笑い声がした。 「ウフフ、そのまさかよ」 そこには彼の心を傷つけたあの声、破壊の女神の名を語る悪魔スカディが立っていた。 二人は剣を抜き、彼女に向けて構える。 「スカディ…!!」 「まさか、生きてたとはね。もっとも、あの程度で死ぬようなら話にもならないけど」 「城のみんなを…アンデットにするなんて!!」 マリーは憤慨した。怒りのあまり、剣を持つ腕に力が入る。だが、そんな彼女の様子をみてスカディは面白そうに言った。 「あなたがもっと強ければ、こんなことにはならなかったでしょうにねぇ」 「!!」 「せいぜい人間同士で殺しあうことね」 それだけいうと、スカディは奥へと消えていった。 「待て、スカディ!!」 ディオが追いかけようとするが、アンデット達がそれを阻むかのように襲い掛かる。 「くっ…」 彼は躊躇した。いくらアンデットとはいえ、もとは城の兵士である。本当に斬りかかってもいいのだろうか。 だが、そんなディオの脇からマリーが飛び出し、アンデットのうちの1体をその剣で切り裂いた。 「ディオッ!!もう迷ってる暇はないわよ!!」 「あ、ああ!!」 剣の柄を強く握り返し、ディオもアンデットの群れに飛び込んでいく。 「ボウリングバッシュッ!!」 「ホーリークロスッ!!」 たちまちアンデット達が吹き飛ぶ。残りのアンデット達を振り切り、二人は空いた出口からスカディの後を追う。 「この先には何が…?」 「わからないわ。私もここにくるのはこの前が初めてだったから」 「けど、この奥にスカディがいるはずだ」 二人は全速力で走る。というのも後ろからはアンデット達が追いかけてきているからだ。今下手に体力を使うと、スカディと相対することすらできない。 途中前方からも何体かのアンデットが姿を見せるが、その度に二人はそれらをなぎ倒し、奥へと進んだ。 しかし、そのせいで時間をロスしたためか、後方から来る大群のアンデット達に追いつかれ始めた。 「くそっ、振り切れないっ!!」 ディオは仕方なく剣を構え、後ろのアンデット達に対して戦闘態勢をとる。 しかし、それをマリーが制した。そして彼女が彼の一歩前に出る。 「マリ姉!?」 「ここは私がやるわ。あなたはあの悪魔を追いなさい!」 「けど、いくらマリ姉でも、あの数相手じゃ…」 「ディオッ!!」 いつになく彼女が厳しい表情になる。流石のディオもびくっとして口をつぐんだ。 「あの子を助けられるとしたら、あなたしかいないでしょ」 「マリ姉…」 マリーにはわかっていた。たとえ自分がスカディと対峙しても、彼女にできることは何もないと。だから、彼女はあくまで彼のサポートに徹することを決めていたのだ。 「それに…どうやら私はどうしてもここに残らないといけないみたいだから」 マリーの視線はアンデット達のさらに奥に注がれた。暗い通路の向こう側から、もう1体アンデットが姿を現す。 「ヴェルナー…!!」 現れたのは、アンデットと化したあのヴェルナーだった。 「あの人がいるなら…なおさら私はここに残らないといけない」 「…」 「心配しないで。今朝誓ったでしょ。必ず三人で生きて戻るって」 それだけ言うと、マリーは剣を片手にアンデット達の群れに飛び掛っていった。 「ハァァァァァァァッ!!」 もうマリーは後ろを振り向かなかった。ディオも彼女のその様子を見てくるりと反転し、スカディが待つであろう奥の空間を目指して再び全速力で駆け出した。 暗い通路の先に、明かりが見える。 マリーと別れた後はアンデットに襲われることもなく、彼は思い切ってその光の中へ飛び込んだ。 「…!?」 その部屋には不気味な照明に照らし出され、様々な呪術器具が置かれていた。そして部屋の中央の床には大きな魔方陣が描かれていて、さながら何かの儀式の途中であるかのような雰囲気をさらけだしていた。 そして、その魔方陣の中央にあの悪魔が立っていた。 「スカディ!!」 ディオは剣を構え、彼女に向かって叫ぶ。スカディが振り向いた。 「ここまでこれたのね。城からこの子を連れ出したことといい、どうやら度胸と多少の実力はあるようね」 「彼女を解放しろ…っ!!」 「解放ですって?」 スカディはあの不気味な高笑いを見せた。 「アハハハ、残念だけどそれは無理よ。あの子はもうこの体の中で深い眠りについてる。永遠に覚めることのない眠りにね」 「何だと…!?」 ディオは驚愕した。だが、相手に気圧されまいと、必死に気持ちを奮い立たせる。 スカディはさらに続けた。 「あなたも知ってるでしょうけど、アタシの力はまだ不完全でね。完全に解放するためにはちょっとした儀式が必要なの。そしてもう一つ、アタシが力を解放するためには条件があってね」 「条件?」 「本来一つであるはずの魂が、今この体には二つ宿っている。つまり、アタシとあの子ね。この状態だと、仮に力を解放しても不安定にならざるを得ない。眠っているとはいえ、彼女の精神も体に影響を及ぼすことに違いはないから」 ディオに嫌な予感が走った。 「そしてこの体は本来あの子のもの。今のままでは儀式を行なった際に、アタシの力は完全には解放されない。だから、儀式を行なった後にこの子の魂と肉体を生贄にして、アタシは更なる体を呼びさますの。わかる?儀式が終われば、この体もあの子の魂も用済みなのよ。なんせこの子はただの『檻籠』なんだから」 「黙れッ!!そんなことはさせない」 ディオが一歩近づく。だが、スカディはさらに付け加えた。 「ああ、先に教えておいてあげるけど、この体を傷つければ当然あの子の魂も傷つくことになるわ。精神は二つあるとはいえ、同じ体を共有してるんですもの。万が一、あなたがアタシを殺すことができたとしても、それは同時にあの子の死を意味してる」 「くっ…」 厄介なことになっていた。このままでは、ディオは彼女に手を出せない。 だが、スカディは待ってはくれなかった。 「儀式には大量の血がいるの。今度はあなたの血も全部いただくことにするわ」 スカディが腕をかざす。あの悪霊達による攻撃を繰り出すつもりだ。彼女の腕から無数の悪霊達が生み出され、まっすぐディオに向かって襲い掛かる。 「…」 ディオは剣を構えたまま、動かなかった。 「もう観念したのかしら?」 スカディがニヤリと笑う。だが、その場にディオの叫び声がこだました。 「グランドクロスッ!!」 ディオが剣を天に向けて突き出す。その瞬間彼を中心に十字型の光が地面からあふれ出した。 彼に襲い掛かった悪霊達はその光を浴びると瞬く間にかき消された。 「へぇ…」 スカディの顔から笑みが消えた。 「やるじゃない。まとめてかき消すとはね」 「…」 「でも、これはどうかしら」 スカディは今度は鋭い爪を剣のように伸ばして一瞬でディオに近づく。流石にディオもこれには完全には反応しきれない。 「その心臓、もらったわ!!」 彼女は爪を彼の心臓めがけて突き刺す。だが、ディオはなんとかバックラーでそれを防いだ。しかし、勢いを受けきれず、彼は後方にはじき飛ばされ、壁に激突した。 「ぐっ…」 膝をつく。防いだとはいえ、かなりの圧力だ。少し骨が痛む。 荒い息をついているディオに、スカディは冷酷な表情のまま尋ねた。 「ねぇ、一つ聞かせてもらってもいいかしら?」 「…何だよ」 「あなた、どうしてこの子を助けようとするの?」 ディオは答えなかった。 「詳しいことは知らないけど、あなたも今まで散々人間たちに裏切られてきたんでしょう?両親にも捨てられたんですってね」 ドクンと彼の心臓が鼓動を打つ。 「そんな人間をなぜ助けるのかしら?」 「彼女は…俺と同じだったから」 そうつぶやいた。だが、スカディの表情がさらに冷酷で厳しいものになる。 「アタシはね…あなたみたいなその正義感が大っ嫌いなのよ」 「…」 「まあいいわ。あなたの分まで、アタシが人間たちに復讐してあげるから。アタシをこんな目にあわせた人間達にねぇ。アハハハハ!!」 彼女はまた笑った。静かな部屋にしばらくの間彼女の笑い声だけが反響していた。 だが、その笑い声はディオのたった一言で止んだ。 「バーカ」 彼女は笑うのを止め、目の前で床に片膝をついている彼を睨んだ。 激しい息をつきながら、ディオは静かに続けた。 「正義感だと…?今の俺は…とんでもねぇ悪党だよ。幼い頃彼女を裏切り…テメエみたいな悪魔を呼び覚ましちまったんだからな」 「その通りね。かっこ悪い」 口ではそう言っていても、スカディの中には焦りが生まれていた。 「ああ、かっこ悪いな。けどよ…」 ディオは立ち上がった。スカディは思わず数歩後退する。 彼の表情は苦痛に満ちてはいたが、真剣そのものであった。 「悪党は悪党なりに…信じてるものがあるんだっ!!」 彼が叫んだ。スカディの中の焦りが少しずつ大きくなる。 (この男…!!) 今まで言葉で巧みに彼を翻弄してきたスカディだったが、今度は自分が彼の言葉に翻弄されているのがわかった。 そして同時に、この男をこれ以上生かしておくと危険であるということも。 「だったら、アタシがそれを絶望に変えてあげるわよ!!」 スカディが再び爪を伸ばし、彼の前に対峙する。 ディオは一つ深呼吸をした。彼女の体の中にはキリカが眠っている。どうすれば彼女を助けることができるのか、必死に考えていた。いや、彼自身もうその方法は考えてあった。あとはどうやってそれを実行するかだけだ。 腹の傷が少し痛む。治療である程度治ったとはいえ、まだ彼は十分な体力が戻っているわけではなかった。 (体力的にもそう長くはもたないか…) ディオは覚悟を決めると、ポケットからラルフにもらった特製ポーションを取り出した。 (第12話に続く) ![]() 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RO.S.S 『Dark Cage』 第10話
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2006/11/19(Sun)
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さてさて、現在連載中のRO.S.S 『Dark Cage』の最新話です。物語も終盤に入ってきました。この先、二人の運命はいかに!?
まだこれまでの話を読んでいない方はこちらからどうぞ。 それでは、最新話をお楽しみください。 ![]() RO.S.S 『Dark Cage』 第10話:心のキズ
幼い頃両親に捨てられた子供は、たくましく生きた。どんなに世間から蔑まれようと、どれほど酷い仕打ちを受けようと、彼は自分の生が続く限り生き続けた。彼は何事にも負けない生命力を持っていたはずだった。
だが、今彼はたった一人の女性のためにその生命力を失いつつあった。 遠くで鐘の鳴る音がする。最初はそれが気にもならないくらいぐったりとして寝ていたのだが、ふとマリーは目を覚ました。 「…」 頭がボーっとする。そのためか、しばらく自分が置かれている現状に気づかないまま時間をすごした。とにかくわかっていたのは、自分がどこかのベッドに寝かされていたということだけだった。だがしばらくしてはっとなり、自分の胸に手をやる。スカディによってつけられたそこにあるはずの切り傷は跡形もなく消えていた。 (治ってる…?) と、その時ドアが開く音がした。 「…あら、起きていらしたんですね」 入ってきたのは見知らぬ少女だった。手にはお盆を持っていて、その上には水と薬、それからまだ温かいスープが一つ乗っていた。 「冷めないうちにどうぞ。お腹、すいていらっしゃるでしょう?」 「え、ええ、ありがとう」 マリーは少女からお盆を受け取る。 「あなたは?」 「クレア、クレア=ウォルターです」 少女は、そう名乗った。 「今センセーを呼んできます」 そういうと、少女は部屋から出て行き、誰かの名前を呼んだ。 しばらくして、今度は白衣を着た男が部屋に入ってくる。 「やっと起きたか。一時はどうなることかと思ったぞ」 男はそういいながら、ドアを閉め、そして懐からタバコを取り出す。 「病み上がりのお前さんにゃ悪いが、一本だけ吸わせてくれ」 以前、一度吐いたことのあるこのセリフ。マリーはその時はここにはいなかったが、それとは別に、彼女にはこの男に見覚えがあるような気がした。 「あなたは…医者なの?」 男はタバコをふかしながら軽く頷いた。 「ラルフ=ウォルター。この街で3年前から開業医をやってる」 その名前を聞いた瞬間、マリーは彼のことを思い出した。 「ラルフ=ウォルターって…まさか!?」 「…」 「6年前の事件で検死と刻印の研究を指揮していた、あの…」 「やめてくれ、もう昔の話だ。それに…」 ラルフの表情が曇る。タバコの煙を目一杯吐き出し、灰皿に力強く押し付けた。 「今の俺ぁ軍が嫌いでね」 ラルフは昔、城で科学班の主任として働いていたのだ。だが、どういうわけか数年前に辞職し、今はこの街で開業医をしているというわけだ。 そして彼が城を出たのはあの事件が起こってしばらくしてからであった。 「どうして…城を出たの?」 「言ったはずだ。昔の話だってな」 ラルフはそれ以上語ろうとはしなかった。マリーも助けてもらった手前、あまり深く聞くのはよくない気がした。 「さっきも言ったが、俺は軍が嫌いだ。城を抜けたのも、そのせいさ。あんたが軍の人間だってことも、その格好や胸元の騎士団章を見ればわかる」 「じゃあ、どうして私を助けてくれたの…?」 おそらく、彼女を助けたのはラルフなのは間違いない。だが、それならなぜ明らかに軍人であるとわかっているマリーのことを助けたりなどしたのか。 ラルフの答えはごく簡単なものだった。 「怪我人助けんのが俺の仕事だ。怪我人に軍も糞も関係ねぇよ」 「…ありがとう」 「礼ならクレアに言いな。俺の薬だけじゃ、お前さんの傷は治せなかった。お前さんの胸のキズを治したのはあの子の魔術治療だ」 「さっきの子ね。でも、あなたに娘がいるなんて知らなかったわ」 彼女の言葉に、ラルフは一瞬動きを止めた。 「…あの子は俺の子じゃない」 「え…でも、さっきクレア=ウォルターって…」 「あいつ…」 一度潰したタバコを再び手にとり、また口へ運ぶ。そして両目を閉じて天井を見上げた。 ラルフは小さくため息をついた。 「確かに、俺はあいつのことを自分の子供のように思ってはいるがな。だが、あの子と俺には、血のつながりはねぇ」 「養子ってこと…?」 「似てはいるが、実際はそんな生優しいもんじゃない」 ラルフの表情が険しくなる。 「両親に捨てられたんだ。しかも、その捨てられ方が尋常じゃなかった」 見ると、微かに彼の腕が震えていた。 「あの子は幼い頃親に虐待を受けていた。回りもそれを知りつつ、見てみぬふりをしていた。そしてある日、暴行がエスカレートし、彼女は虐待の途中で意識を失った。彼女が死んだと思った両親はあろうことか、彼女を村の外へ捨てた。俺はその時たまたまその村の近くまで薬草を取りにいった帰り、山の中でボロボロになって倒れている彼女を見つけたんだ。すぐに手術をして、彼女は何とか一命を取りとめた。体中の傷も、知り合いの聖職者に頼んでほぼ完治したよ。だが…」 「だが…?」 「目に見える傷は治っても、あいつの中につけられた傷、つまり心の傷はそう簡単には治らん。怪我が治った後も、しばらくはずっとベッドの中に引きこもって何も話そうとはしなかった。よっぽど両親の虐待に恐怖を感じていたんだろうな」 マリーはなんだか悲しくなった。話の内容もそうなのだが、境遇は違うとはいえ、同様に両親からひどい扱いを受けた人物を知っているだけに余計にそう感じた。 「まあ、その話はもういい。それより、一体何があった?いや…」 ラルフは首を小さく横に振った。 「わざわざ言わなくてもいい。大体のことは予想がつく」 「え…?」 「俺がお前さんを見つけたときは、お前さんとディオの二人だけだったからな」 途端にマリーはディオのことを思い出した。 「どうしてあなたがあの子の名前を…」 「…あの子達があの場所に行く前、俺がここで少しだけ面倒をみた」 「それで、あの子はどうなったの!?」 「…」 ラルフは黙ったままだった。マリーに不安がよぎる。 「一応、命に別状はない。腹の傷も幸い急所は外れてる。傷も薬とクレアの魔術でなんとかなった」 マリーの安堵のため息が漏れる。しかし、ラルフの表情はなぜか厳しい。 「だが…あれを『生きている』といえるのかどうか、俺にはわからない」 「え…どういうことなの!?」 「…ついてこい」 そういうとラルフは部屋を出る。マリーも急いでベッドから外に出て、彼の後を追う。 彼女が寝ていた部屋から少し離れた部屋の前で、ラルフは足を止めた。そして、そっとドアを開け、中に入る。マリーもそれに続く。ディオは確かにその部屋のベッドに寝かされていた。ラルフは、彼のほうを指差し、振り返らずにマリーに向けて言った。 「…見てみろ」 マリーが恐る恐る覗き込む。 彼女は絶句した。 「なに…これ…」 「見ての通りだ」 彼は目を開けたまま、まるで人形のように横たわっていた。瞳からは光が消え、呼吸をしているかどうかすらわからないほどピクリとも動かない。 「どうなってるの…?」 声が震えていた。ラルフは少しためらいを見せながらも、静かに説明する。 「さっきも言った通り、外傷に関してはほぼ完治した。内臓のほうも手術やクレアの治療のおかげでほぼ治ってる。だが、今この子は精神的に深い傷を負ってる。わかるか?さっきも言ったが、外の傷は直せても内側の傷、心の傷は俺やクレアにも治せない」 ラルフの説明を、マリーはただ呆然と聞いていた。 「これが『奴』の仕業なのか、それともこの子自身が引き起こしたものなのかはわからん。だが、どちらにせよ、俺達にできることはない。しいてあげれば、待つことだけだ」 その瞬間、マリーがラルフの胸倉をつかんだ。そしてキッとラルフを睨みつける。 「今『奴』って言ったわね。あなた、全部知ってたの!?」 「全部ってわけじゃない」 「同じようなものでしょ、そこまで知ってるなら!!そうよ、あの事件の捜査をしていたあなたなら、私達以上にあの化け物のこと、知ってたはずなのに…」 「…」 「あのスカディって化け物のことも…刻印のことも…プロジェクトD.C.のことだって、全部知ってたんでしょう!?」 「…ああ」 「だったらなんで…なんであの子達をとめてくれなかったのよ!?あなたがとめてくれてれば、こんなことには…っ!!」 マリーは泣いていた。だが、ラルフは整然とした態度で言い放つ。 「俺にはあの子達を止める理由がない」 「どうしてっ!?あなたのせいで、この子はこんな姿になって…その上あの子までっ!!」 「俺が引きとめようがとめまいが、あの女の子、キリカにとってはどっちもいい結果にはならなかった」 「なんでよ!?」 「お前さん達は、あの子を捕らえて処刑するために二人を追っていたんじゃないのか!!」 ラルフが怒鳴った。マリーは思わず彼の胸元から手を離した。 「そ、それは…でも、私はなんとかしてあの子を…」 「確かに、あのまま二人を送り出せば、こうなるんじゃないかと思ってはいた。だが、俺がもし引き止めたとしても、この子達は無理やりにでもあの場所に行っただろう。なぜかわかるか?」 「…」 「彼女、キリカにとっては、どちらに転んでも待っている結末は決して喜べるようなものじゃない。それは彼女自身、わかっていたはずだ。だがそんな彼女をこの子だけは…ディオだけは信じていた。死を宣告された彼女が生き延びることができる道を必死に探そうとしていた。そんな奴らを止める権利は俺にはない。もちろん、軍の命令に従うことしかできないお前さんにもだ」 マリーは何も言い返せなかった。 彼女は軍、そして騎士団に誇りを持っていた。だからこそ騎士団の決定は絶対であるし、それがたとえ間違っているとわかっても、任務のためなら自分を押し殺して遂行してきた。ヴェルナーの言うことが彼女にとってはすべてだったのだ。 だが…彼女のその考え方は、彼女が心配していた二人にとって悪い方向にしか働かなかったのだ。 「それに、俺があの子達を止めなかったのは他に大きな理由がある」 「理由…?」 「仮に、奴が…破壊の女神の名をつけられたあのスカディという悪魔が蘇ったとしても…この子ならなんとか活路を見出す。そう思ったからだ」 「でも、この子はもう…」 魔術ですら、彼の心の傷は癒えない。このまま一生目覚めないかもしれないのだ。 だが、ラルフはきっぱりとした口調で言った。 「この子が目覚めるとしたら…自力でそうなるしかない。他の誰の意志でもない、自分の意志で、だ」 「自分の意志…」 「この子は自分の意志で彼女を城の地下牢から逃がし、彼女と共にここまでたどり着き、そして運命の交錯するあの場所へ向かっていった。そんなやつがこのまま眠ったままでいるわけがない」 「で、でも…」 まぶたを震わせながら、マリーは涙声でラルフを見上げる。しかし、ラルフは彼女のすがるような視線をあえて振り払った。 「お前さんはどうなんだ。いつまでもそうやって誰かに頼るままに生きるのか?」 「…っ!!」 「他人にアドバイスを求めることは決して悪いことじゃない。時には誰かを頼ることも大切だ。けどな…」 ラルフは彼女に背を向け、ゆっくりとドアの方に向かって歩きだした。そして部屋を出てドアを閉める直前に、彼女の方を振り向かないままに付け加える。 「最後に決めんのは…自分自身だ」 ラルフはそのままドアを閉めた。 残されたマリーはしばらくそのまま動かずにただうつむいていたが、やがて立ち上がり、ベッドで目を開けたまま光のうせた瞳を見せるディオの手を握り、声を押し殺して泣いた。 光も音もない、無限に広がる闇の空間。 他に誰もおらず、人だけでなく、いかなる生物も、非生物すら、その空間には存在しえなかった。 彼はただ、その中をまるで水面に浮いているような感覚で彷徨っていた。 何も見えず、何も聞こえない空間で、思考だけが彼の頭の中で微かに働く。 (俺は…) スカディが放った最後の言葉が彼の脳裏から離れない。 『…この卑怯者』 ディオの中に、これまでにないほどの罪悪感が生まれる。 今まで彼は、自分と似た過去、境遇を持つ彼女のために何とかしてやりたいと必死になってここまでたどり着いた。どうあがいても待ち受けているのは死しかなかったも同然の彼女が何とかして生き延びることのできる方法を探すために、彼自身最大限の努力を惜しまなかった。それは一重に、彼女を信じていたからに違いない。だが… (あいつを一番裏切ったのは…俺自身じゃないか…ッ!!) 両親に捨てられたあの日、揺れる馬車の中で彼は目の前の少女の視線から逃げた。すがるように、助けを求めるように見つめた彼女から目をそらした。その時はどうせ奴隷市場にでもかけられて散々こきつかわれる日々が待っているのだろうと思っていたが、馬車の行き先はそんな生ぬるい場所ではなく、あの実験施設だった。本来なら、彼も実験の被験者としてその施設で殺される運命にあったのだ。だが、彼はその運命から外れた。その時は自分が生きることに必死で、彼女の存在なんて気にもとめていなかったが、今から思い返せば馬車を抜けだすとき、後ろ姿を恨めしそうに見つめる彼女の姿があまりにも容易に想像できてしまう。彼女を裏切った自分が彼女を信じるなどと言っていたことに、いまさらながら憤慨し、絶望した。 (俺には…もうあの子のことを信じる資格なんてない) ディオは目を閉じる。目を閉じても閉じなくてもそこは真っ暗な空間なのだが、目を閉じた途端、これまでに起こった出来事が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。 (そういや昔ハルエラ様が言ってたな…人間死ぬ直前には今までの出来事が目の前を通り過ぎていくように見えるって…) 彼は死を覚悟した。そうなるべきだとさえ思った。 しかし、その時今まで流れるように通り過ぎていた過去の映像が突然止まった。 その場面はまだディオが城でハルエラに仕え始めて間もない頃のものだった。確か、季節は秋で、涼しい風が吹いていた記憶がある。 (…?) ディオは目の前でスライドのように映し出されているその光景を凝視した。ハルエラがディオをつれて、城の中庭を散歩しているシーンだ。 今まで静寂に包まれていたその空間にその日の二人の会話が聞こえてくる。 『ディオ、見てごらんなさい。トンボが飛んでいますよ』 ハルエラが指をさすと、まだ少年であったディオはその指先に目をやる。赤いトンボが二匹、夕焼け空をスイスイと飛んでいた。 そのトンボたちをまぶしそうに見ながら、ハルエラは少し寂しげな表情になった。 『あのトンボたちも、産卵を終えればその一生が終わり、やがて死を迎えるのですね』 ディオはそんなハルエラの横顔を下から見上げた。決して若いといえるような歳ではないハルエラだったが、それでも十分美しい彼女の横顔は夕焼けに照らしだされてくっきりとした影を作っていた。 彼女はディオのほうに向き直り、しゃがんで彼の目線にあわせてからしっかりと肩を抱いて言った。 『ディオ、あのトンボたちは自分の子孫を残すために命をかけて卵を産むのよ。自分には何の利益もない、いわば死の儀式ともいえるわね。それでもトンボたちは一生懸命に生きている。それは人間も同じです』 幼いディオはキョトンとしていた。ハルエラは再び笑顔を見せた。 『今のあなたにはまだわからないかもしれないわね。ですが、いつかきっとわかる日がきます。善人だけでなく、悪人と呼ばれる人たちですら毎日を生きることに必死なんです。確かに罪を犯すことはよくありません。ですが、悪人と呼ばれる人たちにも、その人たちなりにこの世の中を一生懸命生きているんです。だから、人を見かけで判断してはいけません。』 ハルエラはディオの頭を軽く撫でてやる。ディオはくすぐったかったのか、その場でもだえるが、ハルエラのその撫で方が嫌いではなかった。 『いいですか、ディオ。あなたはあなたの信じる道を貫きなさい。それが周りからどういわれようと、あなた自身の人生なのですから』 映像はそこで終わった。 (…) キリカを地下牢から連れ出す前にも、ハルエラは同じようなことを言っていた。 『…自分自身を信じなさい。たとえどんな道であっても、自分が信じる道を行くのです』 (俺の信じる道…) ディオの心臓が、ドクンと鼓動した。とまっていた時が再びゆっくりと動き出そうとしている。 (俺の信じた道って…何だ?) ディオはゆっくりと右手をかざした。 色々な声や映像がまた彼の目の前に飛び込んできた。 本当の母親よりも優しかったハルエラの笑顔が。 兄妹同然で共に城で暮らしてきたリエルのちょっと怒った表情が。 聖騎士団の入団テストに合格したときに一緒に喜んでくれたマリーの声が。 クレアに呆れられながら、タバコをおいしそうに吸っているラルフの煙の匂いが。 そして… あの日、洞窟で彼の腕を噛みながら涙を見せた彼女の泣き顔が。 (キリカ……ッ!!) 彼は映像の中の彼女に力一杯手を伸ばす。実体のない幻影を、彼は確かにその手でしっかりとつかんだ。 一筋の光が差し込み、彼を取り巻いていた暗闇が晴れていく…。 気がつくと、マリーは居間のソファで眠っていた。 あの後、ディオの寝ている部屋から居間に移り、ラルフやクレアとともに食事を取った。もっとも彼女に関してはほとんど喉を通らず、食事中も一言も口をきかなかった。その後、ラルフやクレアは仕事に戻ったが、彼女はただ一人ソファにじっと座っていた。何かを考えていたのかもしれない。だが、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。 と、そこへラルフが入ってくる。 「起きたか」 「ごめんなさい、私眠ってたみたいで…」 「お前さんも病み上がりなんだ。無理はしなくていい」 ラルフはキッチンのほうに歩いていったかと思うと、コーヒーカップを二つ持って戻ってきた。そしてそのうちの一つをマリーの前に置いた。 マリーは受け取ったカップを手にとり、口へと運ぶ。痛いほど熱いコーヒーだった。 「ドクター」 「何だ?」 「あの子のことだけど…」 「ディオか?」 マリーは首を横に振った。 「ううん、クレアのほう」 「あいつがどうかしたのか?」 「あの子、両親に捨てられて、ここにきてからもずっとふさぎこんでたのよね?」 堅い表情で無言のまま頷くラルフ。彼としても、あまりそのことは思い出したくない過去なのだろう。 「その後あの子、どうやって立ち直ったの?」 「…聞いてどうする?」 「別に。ただ知りたいだけ」 しばらく静寂が流れた。だが、ラルフは手に持っていたカップを机において自分もソファに座り、宙を見上げて口を開いた。 「俺は特に何もしてない。ここにきてから数週間したある日、あいつのほうから俺に礼を言ってきた」 「何もって…励ましたりとかは?」 「そりゃあそのくらいのことは多少はしたがな。だが、それ以外のことはほとんどしてねぇ。あいつは自分自身の力で過去と決別したんだ。あの日、あいつは俺に言った。『ずっとここにいてもいいんですか…?』ってな」 「…」 「あいつには帰る場所がない。怪我が治って、心の傷がいえたとしても、もう戻る場所がなかったんだ。俺はそのときになって初めて、あいつの人生に直接手を貸した。あいつが自分で考えて、自分で決めたことだ。その日から、あいつは俺の家族になり、ここで働き出したのさ」 「そうだったのね…」 コーヒーの液面に自分の顔がうっすらと映る。ラルフやクレア、あるいはディオ達に比べて、自分はなんとちっぽけで情けない人間なのだろう。マリーは自分が少し嫌になった。 そんな心情を察したのか、ラルフはそっと付け加える。 「自分の意志次第じゃ、過去なんてどうにでもなるさ。今までがダメだったんなら、これからうまくいくようにやればいい」 そういって立ち上がり、仕事に戻ろうと診察室に向かいかけたその時だった。 不意に廊下側のドアが開いた。 マリーは背後でラルフの足が止まるのを感じた。彼女もドアの方を振り向く。 立っていた。あの魂が抜け落ちて人形のように横たわっていた、彼が。 「ディオ…」 ガタンと音を立てて、マリーはソファからはじけるように起き上がり、そしてドアのところで静かに立ったままのディオに駆け寄った。 「ディオ!!」 寝巻き姿の彼の傍に寄り、そして思いっきり抱きしめる。懐かしい匂いがした。 「よかった…目覚めてくれて…」 「マリ姉…心配かけてごめん」 マリーは力強く否定した。 「あなたが目覚めてくれただけで嬉しいの」 しばらくの間、二人は抱き合ったままでいた。しかし、ディオのほうがマリーを自分の体から離し、そしてマリーに告げた。 「マリ姉…俺いかなきゃ」 「行くって、どこに…」 そういいかけて、ハッとなった。ディオは彼女に背を向け、部屋を出ようとする。彼女は何か言いたげな表情を見せた。しかし、言葉になってそれが出てこない。 そしてそんなマリーの眼前を、ラルフの大きな手が遮った。 「ドクター…?」 「俺が言ったこと、もう忘れたのか?」 ラルフはそのままディオの背中に向かって言った。 「ディオ」 「…」 「…行くんだろ、彼女のところに」 「…はい」 ディオは静かに答えた。だが、その口調にはどことなしか力強さがあった。 ラルフは安心した。そしてわざと声を張り上げて続けた。 「だったら、ちゃんと準備くらいしてけ!!『準備不足で助けられませんでした』なんていいやがったら承知しねぇぞ」 「はい」 それだけ言って、ディオは自分の部屋に戻っていった。 立ち尽くすマリーの肩を、ラルフがポンと叩く。 「見たか?あいつの目。あれならもう大丈夫だ」 ディオの目は光を取り戻していた。 「あとはお前さん次第だ。お前さんがどうするかはお前さんが決めればいいさ」 そういって、ラルフも仕事場に戻っていった。 一人残ったマリーはしばらくそのままの態勢で何かを考えていた。だが、やがて彼女も部屋を後にする。 そのときの彼女の表情は、何かを決意したような力強いものだった。 (第11話に続く) ![]() FC2ブログランキング参加中!!次回、いよいよ二人が再び破壊の女神の元へと赴きます。乞うご期待!! |
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RO.S.S 『Dark Cage』 第9話
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2006/11/12(Sun)
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さて、現在連載しているRO.S.S『Dark Cage』の最新話です。物語はいよいよ核心へと近づいていきます。このS.Sタイトルの意味もわかるはずです。
これまでの話を見てないひとはこちらからどうぞ!! ![]() RO.S.S 『Dark Cage』 第9話:暗紅の悪魔
雨が降りしきる中を少女はただひたすら走っている。体を伝わる雫にどす黒い血が混ざる。両手足には鎖、それがなぜ自分にかけられているのかも忘れるほど、彼女は今恐怖と絶望に支配されていた。
勢いのあまり、石につまづいて彼女は転倒する。必死にもがいて起き上がったとき、彼女は水溜りに映った自分の顔を見た。それは彼女自身の顔ではなく、見たことのない女性の顔のように見えた。 そして少女はまだこの時、自分の体に起きた異変に気がついていなかった。 うつむいていたキリカの体から、彼女とは違う誰か別の声がした。ディオは瞬時に彼女と距離をとり、身構える。 「誰だっ、お前は!?キリカに何しやがった!?」 いきり立つようにディオが彼女に向かって叫ぶ。すると、キリカの体からまた先ほどと同じ声がする。 「誰って…正真正銘、あの子自身よ。もっとも、あの子の魂は今は眠りについてるけど」 「何だって…!?」 ディオは混乱していた。一体彼女の体に何が起きたのか。突然キリカが苦しみだして、今はまるで口調が変わってしまっている。 「そう、あなたが封印を解く手助けをしてくれたんだったわね」 「封印…?」 何のことかわからないディオの後ろから、ヴェルナーの罵声が飛ぶ。 「貴様…何ということをしてくれた!!」 ヴェルナーの声は微かに震えていた。 「一体何のことだ!?それにヴェルナー、あんたはあいつのこと何か知ってるのか!?」 「あの女…魔女はもはや人間ではない。貴様のせいで、魔女の中に眠っていた『奴』が目覚めてしまった…」 「『奴』…?」 その時、キリカの体からあの声の主が不気味な笑い声を響かせた。 「アハハ、流石人間ねぇ。種をまいたのは自分達のくせに、同じ人間に罪をなすりつけるなんて」 「どういうことだ…!?大体お前は誰だ?なぜキリカの体を借りて喋ってる!?」 「そう、あなたはやっぱり何も知らなかったのね」 声の主はディオを哀れむように見つめながら、今度はヴェルナー達を蔑むような目で睨んだ。 ヴェルナーは剣を抜き、兵士達に号令をかける。 「皆、構えよ!!あの者を殺せッ!!」 兵士達が武器を構え、ディオではなく、キリカのほうに向き直る。ディオは慌ててとめた。 「待て!!やめろッ!!」 しかし、ヴェルナーはいつになく強い、しかし焦りの見える口調で続けた。 「目覚めたばかりの今なら倒せるはずだ!!かかれッ!!」 その号令と同時に、兵士達が一斉に彼女に襲いかかる。 「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」 ディオが彼女の盾になるため駆け寄ろうとするが、それを後ろからマリーがおさえる。 「ディオ、待って!!」 「マリ姉、離してくれ!!あの子を守らないといけないんだ!!」 「ダメよ!!もう彼女は…」 そう彼女が言いかけたとき、あの声の主が今度は低い声で言い放つ。 「確かにまだアタシの力は完全には目覚めてないわ。でも愚かな人間ごときに、このアタシがまたやられるとでも思っているのかしら」 キリカ、正確にいえば体だけキリカである声の主は手をかざし、何かをつぶやく。すると、彼女の腕から無数の思念体、いや、怨霊のようなものが次々に現れ、彼女に襲い掛かる兵士達めがけて飛んでいく。 「う、うわっ、何だこれは!?」 兵士達は正体不明の物体にたじろぐ。だが、次の瞬間、怨霊たちは兵士たちの腕や足、あるいは頭など、彼らの体をもぎとった。 「ギャアアアアアアアアアアア!!!」 兵士達の悲鳴が部屋にこだまする。瞬く間に、半数以上の兵士達が絶命し、その場に倒れていく。 「…!!」 ディオはその光景に戦慄を覚えた。今まで彼が共に旅をし、ここまでやってきたキリカの姿からは到底かけはなれていた。あの清楚で、物静かな彼女と違い、今の彼女は狂気に満ちていた。 ヴェルナーはあまりに一瞬の出来事に、言葉を失う。味方の半数以上が、彼女の腕の一振りだけで殺されたのだ。彼自身の中でも恐怖という感情が高まっていく。 「ふん、やっぱり人間なんてこの程度なのね」 声の主は再びディオのほうに向き直った。 「さて…その顔から察すると、まだ事情が飲み込めていないようね」 彼女の言うとおり、未だに彼にはこの現場で何が起きているのか、ほとんど理解できていなかった。 「ならアタシから教えてあげるわ。アタシを呼び覚ましてくれたお礼にね」 声の主は近くにあった実験台に腰掛けると、不気味な笑顔を見せながら語り始めた。 「今から6年前、この場所で人がたくさん殺された事件のことはあなたも知ってるはずよね?でも、なぜたくさんの人が殺されたと思う?そして、何があったのか、あなたは知りたくないかしら?」 「あんたは…知ってるっていうのか、その事件のすべてを」 「ええ、もちろん。だって私も当事者の一人ですもの。あの時、この施設ではある実験が行なわれていたの」 「ああ、それは何となく予想がついてた」 「そう、なら話は早いわね。先にあなたが知りたがってる私の正体のことを教えておくけど、私は人間じゃないわ。あなた達から見れば、私はモンスターと呼ばれる存在よ。科学者達は私のことを『スカディ』と呼んでいたわねぇ」 「スカディ…?確か神話に出てくる破壊の女神の名前…」 「あら、そうなの。なるほど、破壊の女神ねぇ…悪くないわ」 ディオの表情が少し変化する。だが、彼はそれを押し殺して黙って彼女の話に耳を傾け続ける。 「こう見えても、アタシ結構強いの。でもその実験の2年前、つまり今から8年前、人間達はなぜか多大な犠牲を払ってアタシを生け捕りにしてね。もっとも、生け捕りといってもアタシはその時は瀕死状態だったけど」 「生け捕りだって…?」 「そうよ。そして生け捕りにされたアタシはここに運ばれ、愚かな人間達の科学という技術を持って体と心を分離させられた。すべてはその人間達が企てていたある一つの計画のためにね」 後ろにいるヴェルナーやマリーの表情がこわばるのがディオにもわかった。 「その計画は『Dark Cage』、プロジェクトD.C.と呼ばれていたわ」 「Dark Cage…?」 「そう。その内容は、このアタシの力を利用し、あなたの国を支配しようとした科学者達によるクーデターとでもいうべきものかしらね」 ディオは息を呑んだ。 「おそらく後ろにいるそっちの奴らはこのことを知っていたんでしょうけどねぇ」 そう言われ、ディオは後ろを振り返る。 「本当なのか、ヴェルナー。てめえら、今回の件、全部知ってたのかよ!?」 「…くっ」 ヴェルナーはばつが悪そうな表情を見せた。しかし、代わりにディオを抑えていたマリーが答える。 「ディオには伝える機会がなかったんだけど…あいつの言ってることは本当よ」 「クーデターって何なんだよ!?それと彼女が、刻印が何の関係があるっていうんだ!?」 彼の声にはもはや完全に怒りが現れていた。 「落ち着いて、ディオ。ちゃんと説明するから」 そういうとマリーは小さくため息をついた。 「8年前、この施設で研究を行なっていた科学者達が国王、もっといえば私たちの住んでる国ミッドガルドに対してクーデターを計画していたの」 「それはもう奴から聞いた」 「その計画は、モンスターの力を利用して私達プロンテラ軍を壊滅させ、一気に国を制圧するというものだったのよ」 「何だって…!」 「そしてその計画は、ただモンスター達に私達を襲わせるといった単純な話じゃなかったの。より強力な生物兵器を作り出すため、彼らが計画したのがさっき出た、『プロジェクトD.C.』よ」 マリーがそこまで説明したとき、後ろからスカディという名前を持ち出した彼女が今度は憎しみを交えた声で割り込んだ。 「その計画、『プロジェクトD.C.』は、一度アタシの体からアタシの魂だけを取り出し、愚かな人間達が科学技術を用いて作り上げたより強力な「体」にアタシの魂を移し変えて制御するというものだったのよ。そしてその強力な「体」を求めて、科学者達はたくさんの犠牲を払った。何人もの人間がこの場所で実験のために殺されたり、死んでいったりしたわね」 スカディは足元に落ちている紙切れを拾い、それをディオのほうに飛ばした。ディオがそれを受け取ると、それは先ほどキリカが発見したNo14.のリストだった。 「そして選ばれたのがそのリストに載ってる子よ」 「な…」 写真を見る限り、まだ幼い少女だった。そしてその写真は誰かに似ていた。名前の欄には『Sincia=Hartyrie』と書かれてあった。 彼の中に嫌な予感が走った。 「まさか…」 「そう。その子こそ、あなたがここまで連れてきたこの子。そしてそこに書いてある名前がこの子の本当の名前よ」 ディオは言葉を失う。 「彼女はあの日、実験の最終過程として、その体内にアタシの魂を注ぎ込まれたのよ。アタシが言うのもなんだけど、そのときの彼女の悲鳴ったらなかったわよ。アタシにまでその恐怖が伝わるくらいにね」 その光景を想像することを、ディオはできればしたくなかった。だが、その時の彼女の痛み、苦しみは嫌になるくらい容易に想像できた。 「科学者達は『体』のことを『Dark Cage』と呼んでいた。アタシのような悪魔をその体内に封じ込める『檻籠』の役目を担っていたのよ、彼女は。もっとも、それは彼女の意思ではないけれど」 「嘘だ…」 ディオがつぶやく。だが、スカディはさらに続ける。 「つまり、彼女は科学者達によって生物兵器の媒体として利用されることになっていたってわけ。彼女の体につけられた刻印もその証。あれは一種の魔術のようなものだけど。でも、最終段階で問題が起きた」 リストを握るディオの手が震え始める。 「科学者達の予想以上に彼女の精神は扱いにくくてね。本来なら彼女の心は完全にアタシの魂に支配され、体の中で深い眠りにつくはずだったんだけど、アタシの魂と競合を始めたの。アタシもそのときは自分で自分の魂をコントロールすることはできなかった。その結果、実験体である彼女の暴走が起きた」 「やめろ…」 ディオは耳をふさぐ。だが、スカディは容赦なく声を張り上げていった。 「その暴走の結果、彼女はその場にいた研究者達を皆殺しにしたのよ。見るも無残なくらいにね」 「やめてくれぇぇぇっ!!!」 彼は叫び、体を震わせ、リストを握ったままその場にうずくまる。スカディはそんな彼を見てニヤリと笑った。 「ここにくる途中、彼女一度血を欲したでしょう?あれも彼女が媒体となったせいよ。というよりも、アタシのせいといったほうがいいかしら。アタシみたいな悪魔はね、血がないと生きていけないの。そしてアタシと体、そして魂を共有している彼女自身もそれは同じ。だからあの時も、彼女は殺した研究者達の血をすすっていたわ。あなたの血も、なかなかおいしかったわよ」 ディオだけでなく、後ろで黙って話を聞いていたマリーも必死に吐き気をこらえていた。スカディはそんな二人を見て面白がるように笑った。 「その後、研究所を飛び出した彼女は雨の降る中を必死に走ってた。この時点で、既に体の中では彼女の意識、魂のほうが強かった。だけど、相当ショックが大きかったんでしょうね。研究者達はもういないのに、恐怖に怯えながら逃げてたわ。そして途中で倒れ、そのまま気を失った。彼女が記憶をなくしていた理由の一つもたぶんそれね。もっとも、刻印の力でもともとそうなるようにプログラムされてたみたいだけど。」 「…」 何も言葉が思いつかない。というより、絶望と恐怖のあまり、彼自身が我を忘れかけていた。 「アタシもそのときに完全にこの子の体の中で身動きが取れなくなって今まで影に埋もれてたけど、あなたがここに連れてきてくれたおかげでこの子はすべてを思い出し、刻印の効果も消えた。おかげでアタシは晴れて表に出てくることができたわけよ」 「じゃぁ…じゃあ、俺は…」 彼女の言葉が本当なら、ディオは彼女の中に眠る悪魔の封印をわざわざ解いてしまったということになる。 「アタシをうらまないでよ。恨むなら、この子を犠牲にして国を支配しようなんてことを考えた同じ人間達を恨むことね。もっとも、アタシはあなたには感謝してるんだけど」 スカディは一人高笑いを続けた。ディオをおさえていたマリーが励ますように声をかける。 「ディオ、あなたのせいじゃないわ…」 「俺は…彼女を信じてここまで…でも、そのせいで彼女は…っ!!」 マリーの声は今の彼には届いていなかった。 その時、スカディが高笑いをやめ、ヴェルナー達を睨みつける。 「さて、と。アタシをこんな目にあわせた人間達にはきっちりお返しをしてあげないとねぇ。この子もきっとさぞかし人間を恨んでるでしょうから」 「ヒ、ヒィッ…!!」 ヴェルナーや生き残っていた兵士達は恐怖におののき、入り口から外に出ようと駆け出す。しかし、スカディはそれよりもはやく、再び腕を彼らに向けて振りかざした。 「アタシから逃げられるとでも思ってるの?」 怨霊が再び彼女の腕から生まれ、拡散して兵士達を襲う。たちまち、部屋に兵士達の断末魔がこだました。 ヴェルナーは必死になって自らの剣を振り回し、彼に近づく悪霊達をなぎ払った。だが、あと少しで部屋から脱出できるというところで払いきれなかった悪霊に頭をもぎ取られる。即死だった。 「隊長!?」 マリーはその光景を見るや否や、剣を抜き去り、スカディに向かって斬りかかった。 「よくもぉぉぉぉぉぉ!!!」 だが、スカディは余裕を持ってそれを交わし、冷たく言い放つ。 「あんたも目障りなのよ。消えなさい」 すると、スカディの爪が鋭く伸び、マリーの胸部を切りつけた。 「!!」 マリーはその場に倒れる。だが、倒れたマリーに対して、スカディはさらに追い討ちをかける。 「ふん」 マリーの体を彼女は思い切り蹴飛ばした。数メートルほど、彼女の体が吹っ飛び、床に叩きつけられる。 「マリ姉!!」 彼の横にまで吹き飛ばされたマリーの横たわっている姿を見て、ディオはさらに恐怖に支配された。マリーの元に駆けつけたくても体が言うことをきいてくれない。 そしてそんな状態の彼に、スカディが伸びた爪についたマリーの血を舐めながら言った。 「アタシを呼び出してくれたことには感謝はしてる。でも勘違いしないで」 スカディの声は嫌になるほど冷たかった。 「あなたも同じ人間にかわりはないわ」 スカディが一歩ずつ彼に近づいてくる。ディオは逃げようとしたが、やはり体は動かない。動かないのに、体自体は大きく震えていた。 「そうそう、一つ言い忘れてたことがあったわ」 わざとらしくスカディは笑みを作る。 「あなた、覚えてないようだから教えてあげるけど、昔この子に一度会ってるのよ」 「な…そんなバカな!?俺は8年前に親に捨てられてから、ずっと城で…ッ!!」 焦るディオに、スカディは小さく笑い声を出しながら続ける。 「やっぱり覚えてないのね。アタシはね、この子と魂を共有したことでこの子が見た過去もわかるの。8年前のあの日、たくさんの子供達が乗る馬車の中で、この子はあなたと一度目が合ってるわ」 「…!?」 馬車の中…彼は8年前、確かに親に捨てられたあと、馬車に乗っている。そしてその馬車の中で、目の前に座っていた少女と… 彼の脳裏にさっきの写真の少女がよぎる。そして8年前の記憶とその写真の少女が交錯する。 「嘘だ…そんな…じゃあまさかあの時の女の子が……!?」 彼の額には汗が滲んでいた。震えがさらに大きくなる。 「あの馬車に乗ってた人間はみんな実験体として連れてこられたのよ。もちろん、あなた自身もね。この子はおそらく、すがる気持ちであなたを見ていたんでしょうね。『どうか助けてください』って。でも、あなたは目をそらした」 いつの間にか、スカディは彼の目の前まで近づいていた。だがもはや彼は逃げる気力すら残っていなかった。ただ震えがとまらず、自分の犯した罪の重さに絶望を感じていた。 「あなたが馬車を抜け出したときこの子がどう思ったか、そこまではわからないけど、アタシならどう思うか、教えてあげましょうか?」 スカディは彼の肩に手をやり、抱き寄せるようにして彼に体を近づけ、耳元でそっと囁いた。 「…この卑怯者」 次の瞬間、ディオは口から血を流していた。それに気づいた後に、腹部に激しい痛みを覚える。 スカディが鋭い爪で彼の腹部を突き刺したのだ。 彼女が爪を抜き取り、一歩下がると、ディオは声もあげずにその場に倒れた。 それを見て、スカディは再び高笑いした。 「フフフ…アハハハハハッ!!!」 一通り笑い終えた後、スカディは倒れているディオを見下ろす。腹部からは大量に出血していて、彼はピクリとも動かない。 「あなたはなかなか面白い子だけど、人間である以上アタシにとっては憎い存在であることに代わりはないわ。残念だけど、このまま死んで頂戴。せいぜいあの世でこの子に謝ることね」 スカディは再び爪を振り上げた。 だが、その時二人の間に人影が飛び込んだ。キーンと金属音が鳴り響く。 立っていたのは、スカディに斬りつけられたはずのマリーだった。 「くっ…!!」 マリーは大きく剣を押し込む。スカディは思わず後退した。 「ちっ…」 その隙に、マリーは倒れているディオを抱き起こす。 「ディオ!!ディオ、しっかりして、ディオ!!」 だが、ディオの返事はない。そしてそうこうしているうちに、スカディが腕を振りかざした。 「そんなに死に急ぎたいなら、二人まとめて殺してあげるわ!!」 (まずいッ!!) スカディの腕から怨霊が生まれてくる。だがそれよりもはやく、マリーはポシェットから何かを取り出し、ディオをしっかりと反対側の手でつかんでそれを放り投げた。 「くっ!!」 その瞬間、二人を光が包み込む。そして一瞬のまばゆい光は消え、二人の姿もその場からなくなっていた。代わりにそこには2枚の蝶の羽が落ちていた。 「なるほど、空間転移のアイテムというわけね。そう、また逃げるんだ…。ククククク…アハハハハ!!」 一人残ったスカディはまた部屋中に響き渡る高笑いを見せた。 一方、何とかその場を脱出した二人は、どこかの通りの隅に放り出された。 「くっ…ここは…?」 マリーは起き上がり、辺りを見回す。回りには民家が見え、すぐそばには時計塔が聳えている。どうやらうまくアルデバランに戻ることができたようだった。 マリーは傍らのディオを振り返る。ディオは相変わらず動かない。マリーがすぐに脈を取ると、幸いにもまだ脈はあった。 だが、悠長にはしていられない。ディオが危険な状態にあることに変わりはないのだ。すぐに治療しなければ命に関わる。 辺りは真っ暗だった。それもそのはず、外はもう夜を迎えていて、今夜は月や星も見えない。今になって気づいたのだが、二人は雨に打ちつけられていた。そのせいか、人影も全く見えない。 マリーはディオを肩で支えるようにして立ち上がり、歩き出す。一体これからどこにいけばいいのか、二人きりになってしまったマリーにはそれすらわからない。だが、ここにいてもディオは助からない。今はただ、彼を運ぶことしかできなかった。 しかし、数十メートルも進まないうちにマリーはディオと共に倒れこむ。胸を押さえると、手についた血が雨でにじんでいた。彼女の傷も決して浅くはないのだ。起き上がろうとするが、全身に力が入らない。 だんだんと意識が薄れていく。冷たい雨に二人の体は容赦なく打ち付けられた。目がかすれて、回りの音、雨の音すら消えていく。 その時、微かに自分達の目の前で誰かが立ち止まる音がした。マリーがそれを見上げる。古い革靴が見えた。 だが、それが誰なのかを確認する前に、彼女は気を失った。 (第10話に続く) ![]() FC2ブログランキング参加中!!キリカの体を支配したモンスターの圧倒的なの力の前に倒れた二人。果たして彼らは助かるのか!?そして二人の目の前に立ち止まった人物とは?次回をお楽しみに!! |
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RO.S.S 『Dark Cage』 第8話
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2006/11/05(Sun)
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さてさて、現在連載中のRO.S.S『Dark Cage』の最新話です。物語はいよいよ核心へと入っていきます。
これまでの話を読んでいない方は是非こちらからどうぞ。 それでは、最新話をお楽しみください。 ![]() RO.S.S 『Dark Cage』 第8話:消える彼女
「イヤだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 「キャアアアアアアアアア!!」 「助けて、ママ…痛いよぉ…」 毎日一人、また一人…と悲鳴が聞こえる。薄暗く寒い独房の中で、その少女はただ怯えるばかりの生活を送っていた。この中に入った当初はあれだけいた「仲間」も、今では数えるほどにまで減ってしまった。一度独房を出ると、誰も戻ってこなかった。 おそらく近いうちに彼女がそうなるであろうことも彼女自身よくわかっている。しかし、彼女にはどうすることもできない。逃げ出すことも抵抗することも。 そして、仮に抜け出せたときの行く宛も彼女にはなかった。 二人はその日の午後、ラルフが言っていた森に到着した。 それほど大きくはないが、かなりうっそうとした森で昼間でも暗い。おまけに今日は昼から雲が出てきて、余計に暗さを増していた。ラルフの話によると、この森のちょうど中央部のあたりに目指す研究施設があるとのことだった。 二人とも、アルデバランを出発してからずっと無言のままだった。特にキリカは何か思いつめたような表情でただ黙って歩いていた。いつもなら声をかけるディオも、今日は彼女に話しかけることはない。 ディオにもわかっている、彼女が緊張していることが。昨日のラルフの話を聞く限り、やはり彼女の過去はあまり受け入れやすいものではないようだ。ラルフは「実験体」という言葉を用いていたが、それは決して響きのいい言葉ではなかった。 (彼女がもし何かの実験の被験者だったとしたら…そのせいで彼女は…) 先日洞窟で見せたあの変貌も、これまで彼女が背負ってきた運命も、すべてはその実験にかかわりがあるのだろう。刻印もそのせいなのかもしれない。 だが、彼女はそれでも過去を知るという道を選んだ。どれだけ辛い過去が待っていたとしても、彼女はそれを正面から受け入れようとしている。そんな彼女にディオができることは、彼女を信じ、その助けとなることだけだった。 木々の枝に止まった鳥が不気味に鳴き声をあげる中を、ディオは気圧されないようにしっかりと歩いた。 やがて陽が傾き始めた頃、二人は森の中に聳える一軒の建物を見つけた。 「あれか…」 見た目は古い洋館である。もう何年も人の出入りがないのかかなり荒れているが、それ以上に何か不気味な雰囲気を醸し出していた。 キリカが、そっとディオの手を握った。 「ディオさん…」 「大丈夫か?」 「…はい。行きましょう」 「わかった。けど、もし気分が悪くなったりしたらすぐに言うんだ」 彼女は小さく頷き、それを確認したディオは彼女と共にゆっくりと洋館の中へと足を踏み入れた。 中はやはり薄暗い。ディオは念のためカバンからランプを取り出し、火を灯す。ランプの明かりに照らされて通路がほんのり明るくなった。 壁には古びた絵画がかけてあり、床には割れた花瓶の破片が落ちていた。ディオはそれらを踏まないように注意しながら奥へと進んでいく。今のところ、あまり研究施設というような感じはなく、普通の家となんら変わりはなかった。 だが、キリカを振り返ると、何かに怯えているように彼の服をしっかりと握り、できるだけ離れまいとしていた。何か思い出したことがあるのか、それとも…。 二人は一階、二階と順番に調べていったが、特に怪しい所、あるいは彼女の過去につながるようなものは見つからなかった。また人の気配はもちろんのこと、モンスターの気配も全く感じられなかった。 「おかしいな。ラルフ先生の言ってた場所はおそらくここで間違いないはずなんだけど…」 二人は階段を下りながら、辺りを見回した。建物は2階建てで、この2層についてはほぼくまなく調べ終えたはずなのだが…。 「やっぱり、場所が違うのかな」 「いいえ」 いつになく、キリカが強い口調で否定する。 「たぶんここです」 「何か思い出したのか!?」 「いえ、はっきりとは…。でも、なんだか見覚えがある気もするんです」 彼女がそういうのだから、間違いないのだろう。もとよりほかに宛てもない。今は彼女の微かな記憶だけが頼りなのだ。 と、一階へ降り立ったとき、ディオは何かに躓いた。 「っとと…何だ…?」 ディオがランプで足元を照らすと、床にわずかな隙間が空いていた。ディオがそこに手をかけると、木でできた床は持ち上がり、中から石の階段が姿を現した。 「なるほど、地下へ通じる隠し階段ってわけか。ありがちっちゃありがちだが、やっぱりこの館、ただの館じゃなさそうだな」 二人は覚悟を決めて地下へと降り始めた。ところどころ蜘蛛の巣がはっており、余計に薄気味悪い。おまけに地下なだけあって、地上部よりもひんやりと冷たい空気が溜まっていた。 地下は地上部よりも広さがあり、地上部とは打って変わって様々な機械や薬品などが通路や各部屋に散乱していた。ここなら、研究施設と呼ぶにふさわしい雰囲気はある。 ふと、とある部屋の前を通りかかったとき、キリカがディオを引き止めた。 「ディオさん…これを見てください」 ディオがキリカの視線の先を見ると、そこは独房であった。独房といってもそんなに立派なものではなく、部屋を鉄格子で区切っただけの簡易独房だ。だが、独房の中には人がいたと思われる痕跡が残っており、実際に使用されていたことがわかる。 「なんで研究施設に独房が…」 「被験者が逃げられないように…?」 キリカは体を震わせながら両手で自身を抱え込んで必死に抑えようとした。 「なんてひどい…」 「同感だ」 ディオはため息をついた。これじゃまるで、自分の幼い頃の扱いと変わらないじゃないか。親に見捨てられ、馬車に乗ってどこかへ運ばれたあの時と…。 二人はそれから独房を後にし、さらに奥へと進んだ。キリカはあの独房を見たきり、また黙り込んでしまった。何か考えるところがあるのだろう。もっとも、それはディオとて同じであった。だからこそ彼女の今の心境が痛いほどによくわかったし、ここで行なわれていたであろうことに憤慨を感じた。 やがて、二人はとある部屋にたどり着いた。この部屋は今までの部屋よりも二回りほど大きく、部屋の中央にはまるで手術室のように大きな台がおいてあり、その回りには数え切れないほどの機械の残骸が残っていた。 だが、二人はそれよりもまず匂いに気づいた。 「血の匂いだ…」 微かだが、間違いない。血の匂いが部屋に立ち込めている。ディオは注意しつつ部屋の中へと足を踏み入れ、辺りをランプで照らす。すると、壁際に部屋の灯りのスイッチと思われるものがあったので、ダメもとで押してみた |




